Archive for December 2006

18 December

日系人コミュニティへの感謝(地球の裏側から・続き)

17日日曜の晩、ペルーから電話があった。

母からである。
現地は17日日曜の早朝。

基本的に経過は16日昼(現地時間15日夜)に送られてきたメールと同じ。
父の容態の経過は良好らしい。
このままなら予定の便で帰れるだろうとのこと。

そこで、普段かかりつけの病院に帰国後すぐ入院できるように連絡しておいてくれないかとの内容だった。
母もちょっと落ち着いたようで、帰国後の心配をする余裕が出てきたということだ。

予定の便は現地の21日未明、平たく言えば20日の深夜の便で出発、アメリカ経由で日本時間の22日金曜日の午後帰国のスケジュールである。
そうなると自宅まで戻った時点で夕方だし、土日をはさんでしまうと不安なのでそのまま診察・必要あれば入院という段取りができないか聞いてほしいとのことなのだ。

それはいいが、そんな状態なら成田へ迎えに行くより民間救急車とかドクターカーなどを手配して運んでもらう方がいいだろう。
だから、こちらであたってもいいが、そういったものが必要かどうか現地の医師の判断を仰ぎたい、是非聞いてくれと依頼した。
第一、そんな状態なら飛行機に乗っていいかどうかも怪しいのでそのあたりも十分確認するようにと。

で、そもそも、とこちらから切り出した。
まず、こういったときに頼るべきは大使館だ。
もちろん、大使館にあれもこれもとは頼めないにしろ、帰国前後の段取りや手配の方法などはアドバイスをくれるはずだ。
まだ大使館には話をしていないというので相談してみることを勧めた。

また、金銭的な問題は大丈夫なのか心配だったのでたずねると、全ての予定がキャンセルになったので当面の分は何とかなっているとのこと。カードも持っていったという。

海外旅行保険は入っているのかと聞くと、父が病気持ちなので最初から入らなかったという。
でも、クレジットカードに海外旅行保険がついていることも多いので、クレジットカード会社に念のため問い合わせるようにアドバイスした。

さらに、日本大使館でもクレジットカード会社でもラチがあかないということなら、JTBなどの日系旅行代理店の現地事務所などに駆け込んでもアドバイスはもらえるはずだ、と言っておいた。
少なくとも旅先で倒れたときの対処などは、日本人観光客を受け入れている現地ガイドなどならノウハウを持っているだろう。

母はなるほどと感心してばかり。
何一つそんなこと思いもよらなかったと繰り返すばかりだった。

ここで母に余裕が出てきたところでさらにいろいろ質問して、もう少し詳しいことがわかった。

毎日現地で世話をしてくれている日系人の付き添いで母が病院に様子を見に行っているということ。
母が一人でタクシーに乗ったり出歩いたりしてトラブルにあっては困るからと彼は仕事の合間をぬって自分の車で送り迎えをしてくれているという。
さらに、日本語も完全ではないが医師との間の十分な通訳もしてもらっているということ。

また、その世話をしてくれている彼が彼自身のネットワークを駆使して、父の様子がおかしくなったところで日系の病院に案内してくれ、脳外科の専門医を数百キロ離れた地区から呼び出したり、さらに設備の整った病院へ検査に行く段取りを取り付けてくれたことなどである。

これはもう、ペルーに足を向けて寝られない。
しかし、どこを向けても結局地球の裏側なのでペルーにたどり着いてしまうような気がする。

さらに、日本大使館に話をつけるということなら、その人が元大使館勤務だったこともあるのでさらに何らかのコネクションがあるかもしれないとのこと。
何しろ、10年前のペルー日本大使館人質事件のときには人質になっていた人らしい。
すごい人だったのである。

そもそも泊まっているところも日系人経営の宿だし、日本大使館のすぐ近くで、日系人街といってもいいエリアである。
もうそれだけでも心強い。

今回のこの一連のトラブルで感じるのは、日系人の皆さんの温かさだ。
なんとも、日系人コミュニティ様様である。

これはいつか何らかの形で恩返しをせねばなるまい。
そう誓った自分だった。


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17 December

地球の裏側から続報

先日気の早い葬送記事のような内容をUPしたせいで、父とご縁のある方々からいろいろと連絡を頂いた。
皆さんのご心配には大変感謝している。

昨日、現地の母からメールで続報が来た。
病院の先生の経過報告によればとても順調に回復しているとのこと。
脳の出血したところの塊はとても小さくなっているらしい。
残念ながら、右手の麻痺と記憶力の低下が見られるとのことだが、それもリハビリでよくなるだろうともいわれたという。

帰国も、このまま順調であれば予定どおりに帰れるとのこと。
もちろんあまり動かさないですむ方法で帰るようにはいわれているらしい。

普通なら3週間は自宅で安静にしておくように指示するレベルだとのことなので、長時間の飛行機移動はかなりのリスクだが仕方がない。
飛行機内でまた血管が切れて意識不明なんてことになったり死んでしまったりしないことを祈りたい。

しかし、こんなことを言うものだから、「なんて冷たい人だ」とか、「親の不幸をネタにして」とかご批判・お叱りもあるのだが、単にあわてたって仕方がないよねというのが自分のスタンスだ。

今のところは死んだわけではないので特に心配もしていない。
客死したとなればすっ飛んでいく必要もあったかもしれないが、意識もあるレベルなので、むしろ帰ってきてからのことを考えるべきだろう。

だいたい、持病を持ったまま行っているのだからしょうがない。
事前に医師からいろいろアドバイスをもらい、十分な備えをふまえて旅行に出ているとも聞いている。

それに、今回の旅行は南米までそれも個人旅行ベースで行っているわけで、両親ともに何かトラブルに巻き込まれたら、留守を預かる身としてはどうしようか、ということは考えておくべきである。

飛行機が落ちてしまうこともあるかもしれないし、誘拐されたりテロに巻き込まれたりすることもあるかもしれない。
アンデスの山中で何日間も他の乗客の亡骸を食べながら生き延びているなんて映画にもなった実話があるが、そんなことはめったにありえないわけで。

でもそれは「心配だから行かないで」ではなく、危機管理の範囲での心構えである。
有事の際には冷静に行動できることが大切だと思うのだ。

それに両親の老後にあたっては、それが10年先になるか30年先になるかはわからないが、何時か最期の日は来るわけで、心構えがないでは困るだろうとも思う。
むしろ、ピンピンコロリなら本望で、認知症で介護が必要になってしまったらそれはそれの方が困ってしまうよな、なんてことの方が気にかかるところだ。

んなこといってたら自分の方が先に逝ったりして。
睡眠時無呼吸には気をつけなくては。

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13 December

地球の裏側で、父、倒れる

火曜の夜のお楽しみ、tvkで2週遅れの「探偵!ナイトスクープ」を見ていると、電話が鳴った。

海外旅行中の母からである。

実は両親、今回かなり長期の海外旅行に出かけている。
元気で、自分の足で歩けるうちに、行ってみたいところに行ってみよう、というのだ。
時間を作っては、あっちへ、こっちへと出かけている。
基本的には母が企画を練って、父はついていくだけだ。

若い頃はサッカー狂だった父も、定年後は特にこれといった趣味もなく、家でただTVを見ているばかりの生活を送っていた。

年金の足しになる程度のアルバイトの口もあったのだが、どうやら完璧主義が災いしてうまくいかなかったようで、1年もせずにやめてしまった。
現役時代そこそこの役職を経験したプライドも邪魔をしていたんじゃないかと息子として容易に想像できるところだ。

また、大して能力のない者が先輩面をしているコミュニティが大嫌いな父は、当然そこら中にある年寄り向けのコミュニティに入り込むことなどできない。
年寄りのコミュニティなんて先輩が先輩面できるくらいしかメリットがないものなのだから。
困ったものである。

毎日これといった予定もなく、お酒が飲めない代わりにお菓子を食べながら、TVでサッカーやラグビーの観戦をして過ごすんだけど、ケーブルテレビの多チャンネルにもついていけないから見るのはせいぜいBSどまり。
つまらないので母の買い物についていってみたりする、完全に「ぬれ落ち葉」状態。

このままじゃボケちゃうからといろいろ活動させるんだけど、やっぱりいまさらなかなか新しい仲間にもなじめなくて、結局「引きこもり」状態。
なにせ新しいものにチャレンジする気がないので、ケータイだって機種変更できないし、退職記念に寄贈してもらったパソコンは何年も埃を被ったまま。
最初はメールのやり取りもしていたんだけど、面倒になってやめちゃったら、すっかりやり方も忘れちゃった。

唯一の楽しみは、うちにお客様をお招きするとき。
母が留学生を招いて、ご飯を食べさせたりするときなんかは、喜んでお迎えする。

そんな隠居生活をすごしていたら、衰えるのも早かったのか体のあちこちに不調が出てきた。
軽度の脳梗塞で脳の一部が回復不能な状態にありますとか、軽いパーキンソンの症状が出ていますとかいわれて、プライドの高かった完璧主義の父はショックでどんどんと老け込んで、すっかりじじいらしくなってきてしまった。

まぁ、しょうがないよね、みんな年をとるんだから。
「いやんなっちゃうわ、おじいさんみたいで」っていう母に、「気持ちはわからなくはないけど、あんたもだいぶばあさんになってきたよ」となだめることもしばしばである。

で、そんな両親は今回南米へ出かけているのである。
なにせ、地球の裏側、行くだけでも3日はかかる。
うちに遊びに来ていた留学生をたずねて、たくさん日本のお土産を持って、ペルー、アルゼンチンを歴訪の予定だったのだけど。

もちろん両親だけじゃなくて、旅行仲間と一緒だ。
ペルーの首都リマを拠点に、チチカカ湖とかマチュ・ピチュとか見てきたらしい。
ペルーの本当の見所はどこも標高の高いところにあるので、空気が薄い。
脳梗塞の人なんて連れて行ったら、何が起こるかわからないので、首都のリマに父ともう一人を置いてきぼりにして、母はいつもの旅仲間と観光を楽しんで。
一方、父は父でのんきなリマの休日を過ごしていたようで、それはそれで楽しく過ごしていたらしい。

そんなリマの日々も最終日、次はアルゼンチンに移動だ、という日に、急に父のろれつが回らなくなって、どうもおかしいと病院に連れて行ったら、脳内出血で即入院。

意識もはっきりしているし、深刻な状態じゃないのだけれど、残念ながらアルゼンチン行きは中止。
旅先で入院した父と、看病にいそしむ母という構図になってしまったらしい。

母がホテル住まいで父の看病をする状況というのは10年ほど前にもあった。新潟で単身赴任していた父が直腸がんで入院したときのことだ。
そのときも結局、自分は見舞いには行かないまま退院した。
父は、あのあたりから一気に老けたんだった。

日系人の経営するペンションに長期滞在していた両親は、日系人コミュニティにいろいろと手助けを頂きながら、設備の整ったその地区ではもっとも上等な病院に入院できるという幸運にも恵まれたとのことだった。

でも、これはきっと、お礼もかねてリベンジでもう一度南米に行くと言い出すんだろうな、なんて思ってみたり。
そういえば、アフリカに行くといっていた話はどうしたんだろうかと思い出してみたり。
できるだけ手短に話そうと、淡々と状況を説明する母の話を聞きながら、そんなことを考えてみた。

「だから、予定通り帰れるかどうかわからないのよね」と電話口の母は言う。
「一応、帰国日には成田まで迎えに行こうと休暇はとっておいたから、また予定が決まったら連絡頂戴」とだけ言って電話を切った。
ま、こういう事情だし、日程が変わったら変わったで頼んで休暇をとらせてもらおう、なんて考えた。

電話を切って、「探偵!ナイトスクープ」の3本目のネタ、桂小枝のパラダイスと番組のエンディングを見終わってから、ヨメに概要だけ説明をして、布団に入った。

むしろヨメの方が動揺していたが、別に死んだわけじゃなし、向こうまで飛行機に乗って迎えに行くほどのことじゃないだろう、といったら少し落ち着いたようだった。

布団に入ってから、飛行機、キャンセル料取られたんだろうなとか、海外旅行保険にはちゃんと入っていたんだろうか、なんて心配をちょっとしつつ、いつの間にか寝入った夜だった。

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