Complete text -- "いいかげんにしろ、ひらばやし"

07 February

いいかげんにしろ、ひらばやし

以前にも書いたが、通勤時、セブンイレブンに寄るのが日課である。
ちょうど寄りやすいロケーションにある唯一のコンビニだからだ。
で、だいたい朝食になる軽食と飲み物、あとは雑誌とかガムとかいったものを買ってから会社に向かう。

で、これまた以前にも書いたが、少しでも時間を節約したい朝の時間帯にあって、レジ打ちが非常に遅い店員に当たるととても悲しい。
特に若い学生バイトの、それも男子バイトが遅い傾向にあると感じている。

いつもの店の、朝の時間帯のバイトのシフトが変わったらしく、兄ちゃん2人体制であることが多くなった。
以前はおばちゃん2人かおばちゃんと兄ちゃんの組み合わせだったが、今は新人らしいバイトの兄ちゃんと、ちょっと格上のバイトらしい兄ちゃんとの組み合わせだ。

この新人、名札からすると「ひらばやし」(仮名)が、ことのほかレジ打ちが遅いのである。

まず、カゴの中の商品を上から順番に左手に取る。
そして、いろいろひっくり返してバーコードを探し、バーコードリーダーを「ピッ」と当てる。
このとき、いちいちリーダーが正確に当たっているかどうか覗き込むようにするのが「ひらばやし」の癖だ。
この覗き込む癖のお陰で、バーコード読み取りが他の店員より1テンポ遅い。

読み取った商品を、「ひらばやし」はカゴの隣に置く。
そしておもむろにまた左手をカゴの中に突っ込み、商品を拾い上げ、読み取りを繰り返す。
「ひらばやし」はこの一連の動作にちっともスピード感がない。
([Read more of this post] 以下に続く)

全て読みとり終わると、「ひらばやし」はまずカゴを片付ける。
そして、読み取りの終わった商品をきれいに並べ替えて、適切なレジ袋のサイズを決め、レジ袋を取り出す。

そこまで終わってはじめて、「ひらばやし」は会計を読み上げる。
「711円になります」
こちらがnanacoを取り出し、リーダーにかざすと、会計ボタンを押す。
最後に客の性別・年代を示すボタンを押して会計完了。
「ひらばやし」はちょっと考えてから、おもむろに青の50のボタンを押す。
失礼な奴だ。

(コンビニでは買い物客のデータを取るため、年代別・男女別のボタンを最後に押すことになっている。そのボタンを押すことでレシートが出てきて、そこで会計が完了する。ボタンは12歳以下、19歳以下、29歳以下、49歳以下、50歳以上の各数字が書かれており、赤が女性、青が男性である。これはレジ係の主観で押していいことになっていて、「この人、30過ぎの女性だな」と思えば49と書かれた赤のボタンを押せばいいのである。中には誰が来ようとも同じボタンしか押さないぐうたらな奴もいて、この間自分が赤の49のボタンを押されたときはさすがに眉をひそめたものである。)

レシートが出てくるのを両手で受け取ると、「ひらばやし」は自分にそれをうやうやしく差し出した。
並の店員ならもう袋詰めまで終わっているところだが、「ひらばやし」の袋詰めはこれからだ。

雑誌を詰め、チルドのカフェラテを詰め、隙間を調整しながらボトルガムを詰め、ホットPETのお茶を手にした瞬間、「ひらばやし」はお茶をカウンターに置き、こちらに向き直ってこう言った。
「温かいものは袋を別にしますか?」

「いや、もう、一緒でいいよ。」
っていうか、先に聞けよ。

「ひらばやし」はお茶を袋に詰めると、丁寧な自分の仕事に満足したように、レジカウンター上に袋を立て、袋と中身のバランスを確認した。
・・・この日はそれで済んだが、もしこの時点で袋のサイズが「ひらばやし」のお気に召さないと大変である。
改めてもう一回りどころかもう二回りほど大きな袋を出し、一点一点確認しながらの丁寧な袋詰めが繰り返されることになるのだ。

そしてやっと、最後のひとつ、実は一番最初にカゴから取り出してあったブリトーを袋の隙間に詰めようとした。
自分もそこまで我慢したが、さすがに我慢ができなくなって言った。
「あのさ、そのブリトーは温めてよ」
「はい」
「ひらばやし」はものすごく素直な返事をした。

そして、「ひらばやし」はぴたりと動きを止めると、ブリトーの袋の裏を黙読し始めた。
しばらくして「ひらばやし」は、ブリトーの袋の裏に書いてある通り、電子レンジを25秒に設定しようとし始めた。
レンジにはファンクションキーがあり、15秒や30秒の設定はあるのだが、25秒はないようで、かなりもたついている。
何とか設定し終わると、「ひらばやし」はレンジを眺めながら、数字のカウントダウンを今か今かとまっている。
自分の後には数人の客が列を成し始めた。

行列に気付いた先輩店員が駆け足で隣のレジに着き、「次にお待ちの方どうぞ!」と声をかける。
もちろん、「ひらばやし」はレンジを眺めたままで、たとえ行列が出来ていてもけっして先輩店員に「レジお願いします」等と声をかけて呼んだりはしない。

レンジが「ピー」と電子音を鳴らし、止まったのを確認すると、「ひらばやし」は熱々のブリトーを持っていられないらしく、両手交互に持ちながら自分に声をかけた。
「ええと、温かいものは袋を別にしますか?」

「いや、もう、一緒でいいよ。」
っていうか、さっきも聞いたろ。

「ひらばやし」はやっと袋詰めを終え、レジ袋をこちらに差し出しながら、明るく、丁寧な口調で言った。
「ありがとうございました」

自分はここでようやく「ひらばやし」のレジから解放された。
もうこの頃には、後に並んでいた客は隣の先輩店員のレジで会計を済ませ、皆もう店を出た後だった。

駐車場に停めておいた車に乗って時計を見ると、いつも5分程度で店を出るところが、10分以上経過していた。
なんだか、朝から一日分疲れたような気分だった。


翌日、またいつものコンビニに寄って、またいつもと同じようなものを買うと、レジにはまた「ひらばやし」がいた。

「ひらばやし」がまた同じく最初にカゴの中のブリトーを拾い上げたので、そのタイミングでこちらから声をかけた。
「ブリトー、温めてよね」
「ひらばやし」は、またものすごく素直な返事をした。
「はい」

自分はひそかにほっとした。
仕事って、先輩や上司に教わることばかりじゃない。
お客さんに教わることだって多いのだ。
これで「ひらばやし」も、レジ打ちや袋詰めと並行してレンジの温めを行うという技術を学んだことだろう。
なんだか、ちょっといいことをした気分だ。

しかし、そんな思いはすぐに打ち破られた。
「ひらばやし」は温めてくれといわれたはずのブリトーをレンジにはかけようとしなかった。
「ひらばやし」は昨日と同じく、それをカゴの脇に並べた。
あとは前日の繰り返しだった。
あきれ返る自分の目の前で、「ひらばやし」はブリトー以外の全てを一通り袋詰めを終えた。

そして、「ひらばやし」は、温めを依頼されたままレジカウンターの上に放置されていたブリトーを取り上げると、その日もまた、おもむろにの袋の裏を黙読し始め、レンジ温め時間を探し、25秒間レンジを眺め続けた。
自分はまたその姿を後ろから25秒間眺めることとなった。

レンジが「ピー」と電子音を鳴らすと、やはり「ひらばやし」は熱々のブリトーを両手交互に持ちながら自分の方に向き直った。
「ひらばやし」は、こちらの刺すような視線にも気づくことなく、何食わぬ顔で口を開いた。

「温かいものは袋を別にしますか?」


その後、ここ数日間、立ち寄るコンビニを変えている自分であった。

00:00:00 | victor | | TrackBacks
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